【書評】村上春樹「猫を棄てる 父親について語るとき」の感想【猫と父と戦争について】

村上春樹「猫を棄てる 父親について語るとき」の感想を書きます。

 

✔︎目次

  • 概要
  • 誰におすすめか
  • タイトルの意味
  • 著者紹介
  • 内容紹介
  • 特徴・感想

 

村上春樹「猫を棄てる 父親について語るとき」の感想

概要

ある夏の日、僕は父親と一緒に猫を海岸に棄てに行った。歴史は過去のものではない。このことはいつか書かなくてはと、長いあいだ思っていた。——村上文学のあるルーツ
(本書裏表紙、概要より引用)

 

誰におすすめか

  • 村上春樹作品が好きな人
  • エッセイが好きな人
  • 戦争の痛みを忘れたくない人

 

タイトルの意味

この本の中で、全体を通して、村上春樹が自分の父親について語っています。
そのとっかかりとして、幼少期の思い出である猫を一緒に棄てにいく話が始めに語られるわけです。その先には父が経験した「戦争」についてなどヘビーな話が書かれているのに対し、猫に関するエピソードはライトに読めます。

でも子供時代、父と一緒に海岸に猫を棄てに行ったことをふと思い出して、そこから書き出したら、文章は思いのほかすらすらと自然に出てきた。

タイトルは単純に、本の内容からきているものでしょう。

 

著者紹介

著者の村上春樹さんは、知らない人はいないというほど作家ですよね。世界中にファンを持つ、日本を代表する作家です。
作家としてデビューしたのは、1979年。バーを経営する傍ら、夜な夜な書いて完成させた「風の歌を聴け」が「群像新人賞」を受賞してのデビューでした。この時、作者は30歳。
エッセイイストとしても精力的に活動しており、「村上朝日堂」、「村上ラヂオ」、など著書多数です。
そんな村上春樹さんですが、なんと今年で71歳。40年以上も作家として最前線で活躍されているんですね。入れ替わりの激しい文学の世界では、驚異的なことです。

 

内容紹介

まずは父親と猫を棄てに行った話から入ります。父親の自転車の荷台に乗せられて、猫の入った箱を持った状態で揺られる春樹少年。二人で海岸まで行って猫を置いて帰ったのですが…。しかしその結末は、ちょっと不思議なものでした。

話はそんな少年の日の思い出から、父の生い立ちへと移っていきます。彼は京都の名のあるお寺の次男として生まれました。つまり、村上春樹の祖父はお寺の住職さんだったわけです。祖父が死んだ時に、誰がお寺を継ぐのかを6人いた息子たちで話し合ったと言うような話も出てきます。
普段あまり知ることのないお寺のお話を楽しむことができました。

そして話は、父が経験した戦争へと変わっていきます。兵として戦地に赴いた父の話。彼は仲間が死んでいく中、自分だけ幸運によって命拾いをすると言う厳しい体験をしていました。

 

特徴・感想

特徴を3つにまとめます

  • 挿絵
  • 戦争

 

挿絵

この本を買ったのは、表紙の絵に惹かれたからでした。

見たことのない色使いと、不思議な懐かしさを感じるところが魅力的だと思いました。本屋さんで見かけた時、直感的に「本棚に飾りたい!」と思いましたね。
この素敵な表紙を描かれたのは、台湾生まれのイラストレーター、高妍(Gao Yan・ガオ イェン)さんです。彼女のインタビュー記事はこちらにありました。
表紙と挿絵を含めて、13枚の絵が使われています。絵画やイラスト好きの人にぜひ見てほしいと思いました。

 

本書にはタイトル通り、猫についてのお話が出てきます。
中でも僕が一番印象に残ったのは、猫が木から降りられなくなった話です。

僕は松の木の下に立って見上げたが、猫の姿を目にすることはできなかった。ただか細い声が聞こえてくるだけだ。僕は父に来てもらって、事情を説明した。なんとか子猫を助けてやれないものか。しかし父にも手のうちようはなかった。そんな高いところには梯子だって届かない。そのまま子猫は助けを求めて必死に泣き続け、日はだんだん暮れて行った。やがて暗闇がその松の木をすっぽりとい覆った。
(本文より引用)

そのまま猫がどうなってしまったのか、わからないまま終わります。そしてこのエピソードに絡めて、村上春樹がこの文章で伝えたかったことが語られるのです。

ちなみに、村上春樹の「スプートニクの恋人」という作品で、同種のエピソードが登場します。

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

 

戦争

本書では、村上春樹の父が経験した戦争についても、がっつり描かれています。
学生ながらに招集され、兵役についた父。仲間が戦地に送られて結果的にたくさん死んで行った中、幸運にも生き残った経験。後年、いつも仏に手を合わせていた後ろ姿。

痛ましい戦争の歴史と、それがある一人の人間の心に残したものが、その息子からの目線で語られていきます。

戦争への嫌悪感を煽るような「教育的読み物」ではなくて、一人の人間の素朴な体験談として描かれる「戦争」は、よりリアルで説得力を帯びていました。

 

興味を持った方、手にとってみてください。この本に限っては電子ではなく、紙の本で買われることをおすすめします。お値段は1200円+税です。

 

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